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●元
フビライ(チンギスハーンの4男であるトルイの4男)は世界帝国のハーンでありながら、
中国人の皇帝も兼ねる。歴史史上初の皇帝であった。
モンゴル帝国は4つのウルスがある。
チャガタイ・ハーン国、イル・ハーン国、キプチャク・ハーン国、大元=元朝
雨が少ないため農業ができる所が限られているため、遊牧民族になった。
元朝による行省の設置は今の中国の省の起原になる。
1227年チンギス・ハーンが亡くなると3男のオゴディ・ハーンが2代目に、1236年
オゴティの甥のバトゥを総司令官とするヨーロッパ遠征が開始。
1241年にオゴディ・ハーンが亡くなると中止になり引き上げる。オゴディ・ハーンが
あと半年生きていたらドーヴァー海峡まで征服が完了しただろうと言われている。
その後、継承争いにより、ヨーロッパ遠征は2度と起きなかった。
ロシアは支配されたが西ヨーロッパは温存された。

●蒙古襲来
蒙古人は平原を騎馬で進むのは得意だが、海上は苦手である。
平原での包囲作戦も海では上手くいかないし、上陸するのも困難である。
以上の理由で元寇の時、日本に遊牧民族は来てないのではないか?
文永の役1274・・・旧高麗軍を前線部隊に、副司令官、洪茶丘(こうさきゅう)
蒙古は短期戦のつもりでやってきて、兵站不足に、特に矢が尽きてしまう。
弘安の役1281・・・旧南宋軍(蛮子軍=マンジグン)を前線部隊に
旧南宋軍の船が1か月遅れる。高麗軍はその間に壱岐と対馬で残虐行為を働く。
壱岐と対馬の人達が高麗に惨殺された。近代の日本と朝鮮半島は戦争していないから
日本人は被害者である。
旧南宋軍が到着し、高麗軍が包囲作戦に入ろうとしたが、そこへ台風がやってきて
船が多すぎたため船同士がぶつかり合い沈んでしまった。
自然災害の続発、その対策を怠ったため、各地で反乱がおきる。フビライが1294年
に亡くなり元寇も沙汰止みに。そして後継者問題もおこる。
元朝の有力ハーンの母や皇后はフンギラト家の出身が多いので当然介入してくる。
塩密売人の方国珍が海賊になり、塩運搬業者の張士誠が反乱を超す。
天候不順、異常気象、地震、黄河の反乱の治水工事などにより、人々の不満がたまる。
【元朝は北へ】
紅巾の乱・・・弥勒信仰を主体とする白蓮教徒たちが紅色の頭巾をまき、その名がつく。
郭子興(かくしこう)という白蓮教の地域有力者に認められ娘婿になった朱元璋が
舅の死後、後を継ぎ郭子興の部下を麾下に治める。
紅巾軍のなかにいた朱元璋が台頭し、他のグループを滅ぼす。
朱元璋は1368年に南京で皇帝に即位。明の太祖・洪武帝であり明王朝の始まりである。
モンゴル人はモンゴルに引き上げる。モンゴル高原で生き残った王朝を北元と呼ぶ。
元は続いているので朱元璋は始皇帝からの漢伝国璽(国の判子)を手に入れられなかった。
そのため、明は蒙古という名をタブーにして、韃靼(だったん)と言い始めた。
ようするにモンゴルは絶滅した事にして、北にいるのは昔からそこにいた野蛮人だと。
元朝は天を継承した王朝だとして大元を国号としたが、明朝は太陽を意味する大明を
国号とした。白蓮教では救世主を明王という。
ゾロアスター教やマニ教は光の神アフラ・マズダを最高神としている。
久しぶりに漢民族の王朝だが漢人は何度も入れ替わってるので、
遺伝的な連続制はない。歴史的に漢人でない皇帝の方がよい政治を行っている。
特に明は暗君が続出している。
元朝以前のモンゴル帝国皇帝
太祖チンギス・ハーン(1206年 - 1227年) イェスゲイの長男。
太宗オゴデイ(1229年 - 1241年) チンギスの三男。
定宗グユク(1246年 - 1248年) オゴデイの長男。
憲宗モンケ(1251年 - 1259年)チンギスの四男トルイの長男。
アリクブケ(1259年 - 1264年) トルイの六男。
世祖クビライ(1260年 - 1271年) トルイの四男。アリクブケと帝位を争う。
元の皇帝 一覧 モンゴル民族
1. 世祖聖徳神功文武皇帝(奇渥温忽必烈、在位1271年 - 1294年)フビライ(クビライ)
2. 成宗欽明広孝皇帝(奇渥温鉄穆耳、在位1294年 - 1307年)テムル
3. 武宗仁恵宣孝皇帝(奇渥温海山、在位1307年 - 1311年)カイシャン
4. 仁宗聖文欽孝皇帝(奇渥温愛育黎抜力八達、在位1311年 - 1320年)
5. 英宗睿聖文孝皇帝(奇渥温碩徳八剌、在位1320年 - 1323年)
6. 泰定帝(奇渥温也孫鉄木児、在位1323年 - 1328年)
7. 天順帝(奇渥温阿剌吉八、在位1328年)
8. 文宗聖明元孝皇帝(奇渥温図帖睦爾、在位1328年 - 1329年)
9. 明宗翼献景孝皇帝(奇渥温和世㻋、在位1329年)
10. 文宗聖明元孝皇帝(奇渥温図帖睦爾、在位1329年 - 1332年)
11. 寧宗沖聖嗣孝皇帝(奇渥温懿璘質班、在位1332年)
12. 恵宗宣仁普孝皇帝(順皇帝)(奇渥温妥懽帖睦爾、在位1333年 - 1368年)
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